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【小野妹子墓】大阪府南河内郡太子町

科長神社南側の小高い丘の上に、古くから小野妹子の墓と伝えられる小さな塚があります。妹子は、推古天皇の時代に遣隋使として、当時中国大陸にあった隋という大国に派遣された人物です。 妹子が聖徳太子の守り本尊の如意輪観音の守護を託され、坊を建て、朝夕に仏前に花を供えたのが、池坊流の起こりになったとされることから、現在、塚は池坊によって管理されています。小野の妹子(いもこ)は、5世紀から6世紀半ばにかけて天皇家と姻族関係をもった和珥(わに)臣や春日臣と同族の小野氏の出である。出身地は近江国志賀郡小野村(現、志賀町小野付近)とされている。標高1000mを超す比良山系を背後に控え、南北に広がるこの辺りは、当時は琵琶湖を見下ろす静かな集落だった。そこで生まれ育った二流氏族の青年が、607年(推古15)に遣隋使節の大使を拝命した。当時の飛鳥には、大陸の知識を身につけた有用な渡来系氏族の子弟も多かったと思われる。アクセス:大阪府南河内郡太子町の科長神社南側にある小高い丘の上にあります。

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