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木村重成 (きむらしげなり)の像

木村重成 (きむらしげなり)の像 場所:東大阪市若江南 蓮城寺(大阪府東大阪市若江南町2丁目3-7)の近く、東大阪若江南郵便局の南側にアスファルト駐車場がありますが、その奥の無道路地の空き地に建っています。像の建つ場所はやや奥まったところにあり、柵で隔てられています。 生没年:1593?~1615年/ 身分:豊臣軍の一軍の将/ 官位(通称、号):長門守 【乳兄弟】母は豊臣秀頼の乳母(めのと)の宮内卿局。父親には様々な説がある(詳しいことは木村重成の出生をご覧ください)。秀頼の小姓として育つ。長じると、豊臣家の重臣となり重要な会議などにも出席するようになる。豊臣家と徳川家の関係が険悪になると、大野治長らと共に開戦を主張し、片桐且元大坂城から追い出すのに一役買っている。 【初陣】冬の陣が始まると、八丁目口を守る一軍の将に抜擢される。1614年11月26日、大坂城の北、今福の砦を佐竹義宣軍が攻撃し砦を落とした。これを見た豊臣軍は、大坂城から木村重成後藤基次両隊を再奪取に向かわせた(今福の戦い)。重成はこの冬の陣が初陣であったが、敵に臆することなく立ち向かい、佐竹軍を窮地に追い込んでいる。結局は徳川軍の上杉景勝軍が援軍に来たため撤退したが、重成の名前が全軍に知れ渡ることになった。

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